三世に生きる

本日は籔内佐斗司氏のSNSより・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

館長の部屋

第68話 三世に生きる

奈良県立美術館長 籔内佐斗司

現代人の多くは、死をもって自分の生の終着点だと考えています。

しかし、この考えがひろく定着したのはそれほど古いことではなく、今でも世界ではさまざまに説かれる死後の世界を多くのひとびとが信じています。  カトリックでは、現世に生きた者が死ぬと、天国か地獄へすぐに趣くのではなく、その中間にある「清めの世界」である「煉獄(れんごく)」へ行くと説きます。煉獄とは、終末の日にキリストが再臨する時、いままでに死んだすべてのひとびとが墓から蘇り、天国へ行くか地獄へいくかの最後の審判を受けます。

最近流行りのゾンビ映画は、その地獄行きの死者が煉獄から蘇って地獄へ引きずり込もうとする姿です。

しかし、輪廻転生や火葬の文化を持ち、仏教的死生観を持っている私たちには、よたよたと歩き回るゾンビは、恐ろしいと言うよりお化け屋敷レベルの滑稽な姿にしか映りません。

イスラム急進派は、ジハード(聖戦)で死ねば天国へ行けると説いて、貧しいひとたちに自爆テロを教唆します。

私たち日本人も、つい80年前には「七生報国」を信じて神風攻撃をしたことを忘れてはいけません。

私の父母の世代は、お盆や年会の法要やお彼岸のお墓参りは、正月ととともに重要な年中行事でした。

しかし、戦後に人口が都市に集中し地方が空洞化することによって、先祖から引き継いだ農林漁業などの家業が衰え、祖先や産土との繋がりが疎遠になりました。

恥ずかしながら私も、お盆の法要も父母の墓参りも、まったく熱心ではありません。

高度成長期に家制度が崩壊し、夫婦と子どもが中心の核家族主義になり、現代ではその核家族すら解体して親子の絆よりも個人の意志が尊重されるようになりました。

しかしいまだに「三世」に代わる思想を持たずにきてしまったことが現代人の不幸ですし、宗教への免疫がない若い人たちは、怪しげな新興宗教に簡単に洗脳されてしまいます。

またわが国の宗教界でいまもっとも深刻な問題は、寺院に人が寄りつかなくなり、檀家制度による先祖供養で寺や墓地の維持ができなくなっていることです。

歷史的には、日本人は輪廻転生を前提とした「前世・現世・来世」のなかで生きてきました。

しかし、生まれ変わりを前提とした「後生(ごしょう)」「二世(にせ)の契り」といったことばは、浄瑠璃や歌舞伎に辛うじて残っているばかりです。

大乗仏教では、すべての存在の生成と消滅は、必然でもなく偶然でもなく、「因縁・Nidana」によって生起されると説きます。

そしてこの三世のそれぞれに仏が割り振られています。前世は薬師如来、現世は釈迦如来、来世は阿弥陀如来です。もとをたどれば「ブラフマ(過去・生成)・ヴィシュヌ(現世・維持発展)・シヴァ(未来・破壊)」という時間軸を持ったヒンドゥー教の三神の連環「トリムルティ」が起源と考えられます。

この点、キリスト教などの一神教では、全ては神の意志による必然と考え、死んだ後に別の人格や動物に生まれ変わるという教義はありません。

彼らにとって肉体のすべてが失われる火葬は、最期の審判での蘇りができなくなるために大いに忌避したそうで、ナチスドイツの強制収容所で遺体を焼却処分したことは、われわれ日本人が想像する以上の宗教的恐怖感を持って受け止められたといわれます。

しかし公衆衛生や墓地の不足も手伝って、1965年にローマ・カトリック教会が火葬を正式に認可して以来、火葬が盛んに行われるようなったそうです。  近代医学において、エビデンスと数値主義による普遍性を学問の基礎とし、実証できない死後の世界はないものとして組み立てられてきました。

しかし日本の文学や芸能や藝術は、三世を生きることを大前提に成立してきました。

過去世に恥ずかしくない生き方をし、来世に相応しい生き方をするために現世を生きる死生観を教え、そののち「健康で幸せな生」と「安らかな死」を考えさせる人文的学問や思想を取り戻すべきではないかと思います。

私はいま「ビューティ&ウエルネス専門職大学」において、健康で美しく幸せに生きることに取り組んでいます。

しかし、少子高齢化の結果として必ず訪れる大量の病人と死の時代を目前に、医学界、思想界、宗教界、経済界が一丸となって、幸せかつ穏やかに死を受け入れ、やすらかに来世を迎える準備をする現代的作法を研究する学問が、今緊急に必要とされていると思います。

図版クレジット) ミケランジェロ 「最期の審判」(システィナ礼拝堂) 河鍋暁斎の「地獄極楽図」(東京国立博物館) アウシュビッツの焼却炉 ヒンドゥー教のトリムルティ 釈迦涅槃図

 

 

*画像・内容は籔内佐斗司氏のSNSよりお借りしました。


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